東京高等裁判所 平成11年(行ケ)306号 判決 2000年6月27日
原告
株式会社ニコン
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同
【C】
同
【D】
被告
特許庁長官【E】
指定代理人
【F】
同
【G】
同
【H】
同
【I】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年審判第12811号事件について平成11年8月6日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年1月28日にした特許出願(特願昭61-14837号)の一部を分割し、平成7年3月28日に発明の名称を「記録装置」とする発明(以下「本願発明」という。)として新たな特許出願(特願平7-93035号)をしたところ、平成10年7月14日を送達日とする拒絶査定を受けたので、同年8月13日に拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成10年審判第12811号事件として審理した結果、平成11年8月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年8月18日に原告に送達した。
2 本願発明の要旨
アナログ信号発生手段と、前記アナログ信号発生手段からのアナログ信号をデジタル信号に変換するアナログ・デジタル変換手段と、前記デジタル信号を一時的に格納する半導体メモリと、前記半導体メモリに格納された前記デジタル信号に対応する情報を記録媒体に記録する記録手段とを備え、情報記録時における振動や衝撃などの外乱により前記記録媒体へ情報記録に影響が発生する記録装置において、前記外乱により前記記録媒体に対する前記情報の記録に影響が発生したか否かを検出する検出手段と、前記影響が前記検出手段により検出された場合、前記半導体メモリに格納された前記デジタル信号に対応する情報を前記記録手段に再度出力する制御を行う制御手段とを有することを特徴とする記録装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、本願発明は、特開昭59-86977号公報(以下「引用例1」という。)及び特開昭59-17772号公報(以下「引用例3」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認定判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1は認める。同2は、引用例3に開示されている技術事項の認定(6頁1行~7頁15行)を争い、その余は認める。同3は認める。同4は、(3)の③(13頁13行~14頁7行)を争い、その余は認める。同5は争う。
審決は、相違点3についての判断に誤りがあり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 カメラを被写体に向けて撮影するとき、ピンぼけ、露出の不適または手ぶれにより写真が不鮮明になることがある(撮影失敗)。一方、電子スチルカメラでは、撮影時にピンぼけ、露出の不適または手ぶれが発生しない場合でも、画像信号を外部記録媒体(たとえば回転式磁気ディスク)に記録する際の振動などの外乱に起因して、画像信号が外部記録媒体に正しく記録されないことがある(記録失敗)。
引用例3記載の発明は、撮影失敗に対処するものである。引用例3記載の発明は、画像信号を一時記録するフレームメモリを備えているものの、それは撮影失敗を確認する表示用に用いるだけである。
一方、引用例1記載の発明は、記録失敗時には、記録し直す前に再び撮影を行うものであって、記録のみを正しくしようとするものではない。すなわち、引用例1記載の発明は、記録失敗に対処するに際して、再記録を行う前に再撮影が必要な構成となっているのである。
本願発明は、撮影時に画像信号を半導体メモリに一時記憶しておき、記録失敗時において、再度撮影することなく半導体メモリに記憶されている画像信号を再度出力して記録仕直すというものであるから、引用例1、3記載の発明を組み合わせたとしても、容易にこれに至り得るものではない。
2 引用例3記載の発明に引用例1記載の発明を応用した電子スチルカメラでは、外乱による記録の影響が発生するのは、当然のことながら、先に記録命令が出力され、フレームメモリ29に格納されている画像がディスク13に記録されるときということになる。
ところが、引用例3記載の発明では、最初の記録が終了するとスイッチ30がH側からL側に切り換わり、フレームメモリ29の記憶内容は新たに撮像素子から読み出された画像信号で更新されているので、再試行により記録される画像は書き込み時に外乱が検出された画像とは異なるものである。すなわち、引用例3記載の発明に引用例1記載の発明を応用したものは、意図する画像と同一のものを記録媒体へ記録できない点で、依然として、引用例1と同様である。
第4被告の反論の要点
1 元来、発明者は、発明を試みるに当たって、自由に発想し、技術文献を読むに当たっても、広い見地から読むことを含め様々な観点から読解するものである。撮影者が「希望する撮影画像を記録したい」という一般的要望を持つものであることを勘案しつつ、引用例1を解釈すれば、そこからは、正しく記録されなかった場合に再び繰り返し記録し、記録したい映像を正しく記録するという技術的思想を読み取ることは、容易になし得るところである。
引用例1記載の発明が、記録失敗時には再び撮影を行うものであることは確かである。しかし、再び撮影を行うものとされている理由は、そこでは、撮影された画像が保持保存されない構成になっている(内部にフレームメモリを有していない。)ため、希望する撮影画像を捨てて、別に撮影をせざるを得ないからである。これと異なり、引用例3におけるように、希望する撮影画像が保存されているとき、それを捨ててわざわざ別の撮影をすることは一般常識として極めて不自然なことである。
原告は、引用例1記載の発明について、記録失敗時には、記録し直す前に再び撮影を行うものであって、正しく記録するものではないと主張するけれども、引用例1記載の発明をそのように限定して解釈しなければならない特段の技術的条件・事情はない。
2 原告の主張するとおり、引用例3記載の発明では、最初の記録が終了するとスイッチ30がH側からL側に切り換わり、フレームメモリ29の記憶内容は新たに撮像素子から読み出された画像信号で更新されている。しかし、引用例3記載の発明に他の技術的思想を応用する際には、応用に関連する引用例3記載の発明の部分が影響を受け、変更を受けることは当然である。
すなわち、引用例3記載の発明では、フレームメモリにある記録したい映像を記録するときは、スイッチ30がH側にある。この記録時に外乱が検出されると不正な映像を記録することになるのであるから、これに引用例1の技術的思想を適用すると、再度繰り返し記録し、記録したい映像を正しく記録することが必要になる。
このときフレームメモリには記録したい映像の信号が蓄積されているのであるから、蓄積された映像を捨て新たな映像を取り込むことはせず、フレームメモリに蓄積された映像を再度記録することは、引用例3の技術的課題(望む映像を記録できるようにする)と引用例1の技術的課題(外乱があるとき再度記録動作を行うようにする)を勘案すれば技術の論理上当然であり、フレームメモリの使用目的にも合致するものである。引用例3記載の発明に引用例1記載の技術思想を応用するに当たっては、正しく記録されてから記録動作を終え、スイッチ30がH側からL側に切り換えられることになると考えるのが合理的である。
第5当裁判所の判断
1 甲第4号証(引用例1)によれば、引用例1には、審決の理由3頁14行~5頁3行認定の記載のほか、「更に具体的には、記録手段に磁気シートメモリを用いた第1図に示す装置において、回転サーボ回路7は、同期信号発生回路8から供給される一定の基準周波数と、回転駆動モータに連結された回転速度や位相検出手段PGの出力とが位相的にロックするように動作しているが、何んらかの原因(例えば走行車上での撮影の際の振動等)でロックがはずれた場合、磁気シートメモリ6は、記録不可能な回転状態におちいる。この場合、その撮影記録は、単に失敗であったという表示警告を行なう程度にとどまり、再撮影しようとしても、せっかくのシャッターチャンスを逃がしてしまうという重大な問題点があった。本発明は、このような振動等の外乱に弱い記録手段を有するスチルカメラにおける前記したような問題点を解決し、その構成に起因する撮影の失敗を少なくした電子スチルカメラを提供しようとするものである。本発明に係る装置は、記録装置に対する記録が正しくなされたか否かを検出する手段を設け、記録が正しく行なわれなかった場合に再び撮影、記録を所定回数を限度として記録が正しくなされるまで繰り返し行なえるようにした点に特徴がある。」(2頁右上欄1行~左下欄3行)、「ここでは、シャッタータイムが1/60秒を含み、それより短い高速側についてこの動作が実現されるよう実施例について説明したが・・・予備の動作の繰り返し回数としては、時間遅れに対する人間の検知限を0.2秒程度と考えても、12回は可能となり、この間に撮影が成功する確率は極めて高くなる。・・・記録が不成功であることを検出装置が検出した場合に限って固体撮像素子が信号電荷蓄積を開始する様にしてもよい。但しこの場合・・・1/30秒周期で再撮影、記録が可能となり0.2秒間に6回の繰り返しが可能となる。」(4頁右上欄13行~左下欄13行)との記載があることが認められ、以上の記載によれば、引用例1においては、「シャッターチャンスを逃がしてしま」わないということは、希望する撮影画像を記録するということを意味し、時間遅れに対する人間の検知限である0.2秒以内に撮影された画像を記録すれば、シャッターチャンスを逃さず、希望する撮影画像を記録できると考えているものと認められる。
以上の事実によれば、引用例1には、外乱に弱い記録手段を有する電子スチルカメラにおいて、記録手段に記録する際に外乱があったときでも、シャッターチャンスを逃さず希望する画像を記録したいという技術的課題と、これを解決する手段として、外乱により記録媒体に対する情報の記録に影響が発生したか否かを検出する手段を設け、前記影響が前記検出手段によって検出された場合、希望する撮影画像の記録に必要な動作を再度行い、希望する映像を正しく記録するという発明が開示されているものと認められる。
原告は、引用例1記載の発明は、記録失敗に対処するに際して、再記録を行う前に再撮影が必要な構成となっていると主張する。確かに、前認定の引用例1の記載によれば、引用例1に具体例として明示されているものは、記録失敗の場合には、例えば1/60秒~1/30秒程度後に再撮影を行った画像を記録するという発明であるものと認められる。しかし、引用例1に、シャッターチャンスを逃さず希望する画像を記録したいという技術的課題及び0.2秒以内に撮影された画像であればシャッターチャンスを逃さない希望する画像であるということが開示されていることを考慮すれば、引用例1に記載された、記録失敗の場合には1/60秒~1/30秒程度後に再撮影を行った画像を記録するという発明は、記録失敗の場合には、希望する撮影画像の記録に必要な動作を再度行うという趣旨であることは明らかである。したがって、当業者は、引用例1から、記録失敗の場合には、希望する撮影画像の記録に必要な動作を再度行って、希望する映像を正しく記録するという技術的思想、すなわち発明を把握することができるものというべきである。
2 甲第6号証(引用例3)によれば、引用例3記載の発明は引用例1記載の発明と同じく、電子スチルカメラに関するものであることが認められるから、これに引用例1記載の発明を適用することに妨げとなるものはない。
3 引用例3記載の発明においては、フレームメモリに格納された画像信号が記録媒体に記録されるのであるから、外乱による記録媒体に対する情報の記録の影響は、画像信号をフレームメモリから画像信号を記録装置に記録しようとしている時に発生するものである。そうすると、これに引用例1記載の前記技術的思想を適用したときは、外乱により記録媒体に対する情報の記録に影響が発生したか否かを検出する手段は、画像信号をフレームメモリから記録装置に記録しようとしている時の外乱を検出するのであるから、外乱が検出された場合における希望する撮影画像の記録に必要な動作とは、フレームメモリに格納された画像信号を記録装置に再度出力することになるものと認められる。そうである以上、相違点3に係る本願発明の構成は、引用例3記載の発明に引用例1記載の発明を適用して容易に想到することができたものというべきである。
引用例1に具体例として明示されている発明が、記録失敗の場合には、再撮影を行い、これを記録するという発明であることは前認定のとおりである。しかし、引用例3記載の発明においては、引用例1記載のものの場合とは異なり、希望する画像がフレームメモリに格納されているのであるから、希望する画像を記録するためには、再撮影を行う必要がないことは明らかである。そして、電子スチルカメラにおいては、撮影と記録は別の動作であるから、両者を切り離して、希望する撮影画像の記録に必要のない撮影をせず、これに必要な記録のみを再度行うこととすることに困難があるとは考えられない。したがって、引用例1に具体例として明示されている発明が前認定のとおりであることが、相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到することの妨げとなるものとは認められない。
4 原告は、引用例3記載の発明では、最初の記録が終了するとスイッチ30がH側からL側に切り換わり、フレームメモリ29の記憶内容は新たに撮像素子から読み出された画像信号で更新されているので、再試行により記録される画像は書き込み時に外乱が検出された画像とは異なるものであるから、引用例3記載の発明に引用例1記載の発明を応用したものは、依然として、意図する画像と同一のものを記録媒体へ記録できないと主張する。
しかし、引用例3記載の発明に引用例1記載の発明を適用した場合、記録時に外乱が検出されたときには不正な画像が記録されることになり、再試行の必要があることは明らかである。そうである以上、引用例3記載の発明に引用例1記載の発明を適用した発明においては、スイッチ30がH側からL側に切り換わるのは、最初の記録が終了したときではなく、外乱が検出されることなく記録が終了した時としなければ、折角外乱を検出することとした意味がなくなってしまうものであって、そのように構成しようとすることは当然であり、またそのように構成することに困難があるとは考えられない。原告の主張は、採用することができない。
5 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6よって、本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)